トヨタが送り出したミッドシップスポーツカー。初代は1984年に登場しジムカーナでも活躍した車である。当時のE80型カローラのFFレイアウトを流用しミッドシップ化を図った。当時のトヨタ社長の「トヨタには将来、常識では考えられないひと味違った車があってもいいのではないか」という言葉から、MR2の開発が始まった。トヨタは80点主義と呼ばれていた時代だが、実は人々を魅了する車を送り出し続けている。大メーカーならではの、取組であり、車ファンにとってはありがたい事である。
さて、2代目MR2は1989年から発売を開始し1999年の販売終了するまで5回のマイナーチェンジが行われ、熟成を重ねたモデルである。主に北米向けに外観はデザインされ、後方の丸みを帯びたデザインはその様子が伺える。
非常にコンパクトでありながら、ミッドシップを感じさせる外観は当時の世界のスーパーカーにと比べても引けを取らない日本らしいミッドシップスポーツの素晴らしいデザインだったと思う。
MR2を探す
車両サイズは全長4,170?×全幅1,695?×1,235?と現代の車ではなかなか探す事のできないコンパクトなサイズ感である。
エンジンはトヨタの名機3Sシリーズが搭載されており、ターボモデルは3S-GTE、自然吸気モデルは3S-GEを搭載している。
3S-GTEのターボはモデル初期225馬力であったが、最終モデルでは245馬力までパワーアップされ十分すぎる程の性能が用意されている。
当時、車雑誌ではゼロヨンタイムやサーキットレコードの記事等がまだまだ多く載っていた時代、同世代のスポーツカー達とのスペック比較に心を躍らせたものだ。
主要スペックは下記の通りである。
・3S-GTE 直列4気筒2000? 225馬力 ⇒ 245馬力
・3S?GE 直列4気筒 2000? 180馬力(MT)
170馬力 ⇒ 200馬力(AT)
外観は当時流行りのリトラクタブルライトを採用しており、夜間のライトを点灯させた際の姿は、懐かしいと思うと共に、今となっては新鮮にも思える。
一目でミッドシップという事がわかるデザインであった。
特にフロントフードの中はトランクルームになっていただが、フロントエンジン搭載モデルでは作りだす事の出来ないボディラインは車の構造とデザインの関連性を感じさせる1つのポイントである。
サイドには、もちろんダミーではないエンジン冷却用のエアダクトもあり、デザインにも迫力を与えている。個人的に好きなリア廻りのデザイン。現代の車の様に複雑なラインで構成されている訳ではないが、後方エンジンである事が一目でわかり、シンプルでありながらさりげない迫力を感じる。当時温泉旅館に置いてあったゲームでこのリア廻りのデザインを見ながらゲームを楽しんだ記憶も蘇ってくる。
また、実用性が高い設計がされていたのもトヨタらしさを感じさせる部分である。
ミッドシップ、2シーター、ここ言葉だけ聞くと犠牲になってることも多いと思う方も多いだろうが、実は荷室も十分に確保さえている。トランクルームは前後にあり、後方のトランクにはゴルフバックも入る。また、室内の座席後ろにも荷物入れが確保されている。
このあたりは、トヨタらしく、日本のスポーツカー特有なのではないか。
モータースポーツにおいてはベース車両として使用され、素晴らしい戦績を残している。
大人気であったJGTCのGT300クラスではプライベーターチームが6戦5勝と驚異的な勝率を残している。
当時土曜日の夕方に放送されていたJGTCは本当にワクワクしながら見たものである。
また、ル・マン24時間レースにおいてはサードが開発したMC8Rが走った。
この頃、世界のスーパーカーの様なフォルムをした国産スポーツは大変稀で、世界の舞台を走る日本製レーシングカーとして誇らしい思いでル・マン24時間レースでの活躍を応援したものだ。
こういった記事を書いていると子供の頃にプラモデルを作り、レース観戦でワクワクした記憶が蘇ってくる。
時代背景は変わるが、車そのものの良さというのは色あせる事はない。
今の時代にきっと新しい価値観でこのMR2を所有するユーザーもいることだろう。
流行りのSUV程多くの荷物は積めないけれども、最低限の荷物を積み込み、当時の技術や車の香りを感じながらこのMR2でのドライブを楽しんでみたいものだ。愛車として移動すること自体に魅力を与えてくれることだろう。
MR2を探す